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			名:北条 早雲
		
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		生没:1432年(?)?月?日〜1519年9月8日
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		出身: 備中(?) 京都(?)
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			名称:伊勢新九郎・伊勢氏長・伊勢氏盛・伊勢盛時・伊勢貞辰・伊勢氏茂・伊勢長氏・早雲庵宗瑞
		
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			早雲寺蔵
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		戦国の三梟雄の一人。
		北条家の初代当主。
		 
		生前は伊勢新九郎と名乗り北条姓は息子の
		北条氏綱の代からである。
		 
		前半生は諸説あり、以前までは伊勢の土豪・関氏に連なる素浪人というのが有力であったが、
		 
		現在は幕府政所の伊勢一族であることが定説となっている。
		 
		京都大徳寺で禅の修業をし、古典や歌も嗜んでいた文化人であった。
		 
		38歳の時、妹・北川殿を頼り
		今川義忠の元へ身を寄せる。
		 
		義忠が戦死し、家督争いがおこると
		太田道灌と共に内紛を収め、
		 
		妹の北川殿の子・
		今川氏親に家督を継がせ、
		のちに氏親の後見人となり興国寺城主となる。
		 
		その後、伊豆の堀越公方家の内乱の隙を突き、本拠である韮山城を急襲し伊豆を手に入れた。
		 
		これが戦国時代の幕開けになったといわれる。この時早雲は62歳。
		 
		年貢を五公五民から四公六民(石高の四割を国に治める)にするなど善政をし伊豆を平定。
		 
		鹿狩りと称して小田原城主・大森氏頼を倒すなど
		 
		関東で一大勢力を作り上げた早雲は88歳でこの世を去る。
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