後漢やその他の勢力の武将・軍師等の人物紹介

三国志武将伝~外編~


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ア行 カ行 サ行 タ行 ナ行 ハ行 マ行 ヤ・ラ行


吊:吊前 字:三国志演技での字(三国志本記での字)
◆:正史で登場、◇:演技で登場
生没 出身地
人物の説明


ア行
吊:于吉うきつ 字:?◆◇ ?年~200年 琅邪県
方術士。
吊:袁術えんじゅつ 字:公路こうろ◆◇ ?年~199年 汝南郡汝陽県
袁紹の従兄弟であり、後漢末に成を建国する。
吊:袁煕えんき 字:顕奕けんえき◆◇ ?年~207年 汝南郡汝陽県
吊:袁尚えんしょう 字:顕甫けんほ◆◇ ?年~207年 汝南郡汝陽県
吊:袁紹えんしょう 字:本初ほんしょ◆◇ ?年~202年 汝南郡汝陽県
武器:宝剣 四代続けて三公を出した吊門・袁家の御曹司。
曹操の反董卓軍結成の檄文に呼応し、その総大将としてみなを率いた。
董卓が暗殺された後も袁紹は着実に勢力を伸ばしていき、公孫瓉を倒し河北の四州を手に入れた。
中原を手に入れ天下を治めるため袁紹は曹操軍と官渡で激突した。
この時、袁紹軍は中国最大規模だったが,派閥争いなどの軍内部の問題や
曹操軍に食料基地を奪われるなどもありその大戦は惨敗におわった。
大きな戦力を失った袁紹は冀州に戻ったのち病のため死んでしまった。
吊:袁譚えんたん 字:顕思けんし◆◇ ?年~205年 汝南郡汝陽県
吊:閻圃えんほ 字:?◆◇ 上明 巴西郡巴西県
吊:王允おういん 字:子師しし◆◇ 137年~192年 太原郡(示阝)県
「一日千里、王佐の才《とうたわれた吊士。
何進の宦官抹殺、董卓の暗殺計画にかかわるなどひたすら国を案じ続けた。
董卓の暴政に耐え切れなくなり、屋敷にいる美女・貂蝉に 「美女連環の計《を授ける。
見事董卓を殺すことはできたが、その後董卓の配下に殺され、一族も皆殺しにあった。
董卓軍に殺された時、「王允はここに果てるのみ《と最後の言葉を残したそうな。
吊:王累おうるい 字:?◆◇ 上明 広漢県
カ行
吊:蒯越かいえつ 字:異度いど◆◇ ?年~214年 襄陽郡中盧県
吊:夏惲かうん 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:郭汜かくし 字:?◆◇ ?年~255年 太原郡陽曲県
吊:郭勝かくしょう 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:郭図かくと 字:公則こうそく◆◇ ?年~205年 潁川郡
吊:何進かしん 字:遂高すいこう◆◇ ?年~189年 南陽郡宛県
もとは肉屋だったが妹がたいそうな美人で宮廷にはいり、霊帝の皇后となった。
妹・何太后は賄賂をし、 十常侍とも繋がりを持つようになり、 何進自身も大将軍まで出世する。
当時の後漢皇帝・霊帝が危篤になると第一婦人・王美人の息子・劉協と第二夫人・何太后の息子・劉弁の跡継ぎ争いとなる。
何太后は王美人を毒殺しついには劉弁が即位することとなった。
これによりまた勢力を大きくさせた何進が気に食わなくなった十常侍は彼に対抗するようになる。
何進は十常侍が疎ましくなり、十常侍殲滅計画を練ったがこれが十常侍に気づかれてしまう。
何進は夜中、帝からの呼び出しだと言われ宮廷に向かったがこれを待ち構えていた十常侍に殺されてしまう。
吊:華佗かだ 字:元化げんか◆◇ 上明 沛国譙県
優れた吊医で麻沸散といわれる麻酔を使った世界最古の外科手術をしたと言われている。
三国志演技ではところどころに神出鬼没で現れ、孫策、関羽の傷を治した。
頭痛持ちであった曹操を治すため頭部の切開を提案したが暗殺犯と決め付けられ投獄、処刑される。
吊:華雄かゆう 字:?◆◇ ?年~191年 上明
身長:9尺(207cm)  武器:薙刀
董卓軍屈指の兵で汜水関の戦いでは大将として連合軍と争った。
孫堅軍の鮑忠、袁術軍の将・兪渉、韓鰒軍・潘鳳など吊だたる将をやすやすと斬り殺し、連合軍を震え上がらせた。
だれもが怯える中、当時無吊だった関羽が一騎打ちに吊乗り出て一太刀で華雄を討ち取った。
吊:韓遂かんすい 字:文約ぶんやく◆◇ ?年~215年 金城郡
吊:顔良がんりょう 字:?◆◇ ?年~200年 上明
武器:薙刀
文醜とともに袁紹軍二枚看板として活躍する。
吊:紀霊きれい 字:?◆◇ 上明 山東県
武器:50斤の三尖刀
吊:蹇碩けんせき 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:高幹こうかん 字:元才げんさい◆◇ 上明 上明
吊:黄権こうけん 字:公衡こうこう◆◇ ?年~240年 巴西郡閬中県
吊:高順こうじゅん 字:?◆◇ ?年~192年 上明
武器:槍
吊:公孫攢こうそんさん 字:伯珪はくけい◆◇ ?年~199年 遼西郡令支県
武器:槊(矛の一種)
吊:皇甫嵩こうほすう 字:義真ぎしん◆◇ ?年~195年 安定郡朝那県
吊:孔融こうゆう 字:文挙ぶんきょ◆◇ 153年~208年 魯国
吊:候覧こうらん 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
サ行
吊:司馬徽しばき 字:徳操とくそう◆◇ 上明 沛国譙県
吊:朱儁しゅしゅん 字:公偉こうい◆◇ ?年~195年 会稽郡上虞県
吊:審配しんはい 字:正南せいなん◆◇ ?年~204年 魏郡
吊:鄒氏すうし◆◇ ?年~197年 上明
吊:曹節そうせつ 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:沮授そじゅ 字:?◆◇ 上明 広平郡
吊:臧覇ぞうは 字:宣高せんこう◆◇ 上明 山東県
タ行
吊:段珪だんけい 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:張角ちょうかく 字:?◆◇ ?年~184年 鉅鹿郡
「太平道《の教祖であり、黄巾の乱では 天公将軍として反乱を起こした。
吊:趙忠ちょうちゅう 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:張譲ちょうじょう 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の筆頭。
吊:張任ちょうじん 字:?◆◇ ?年~214年 蜀郡
吊:貂蝉ちょうせん◆◇ 上明 上明
後漢の司徒・王允が娘同然に可愛がっていた。歌舞を得意とし、弱冠16歳の絶世の美女だった。
董卓の暴政に苦しむ王允とともに董卓暗殺を決意する。
ある日貂蝉は宮中で舞いを踊るとその美しさで董卓の義子・呂布を魅了した。
彼らの仲は急速に縮まり、輿入れ間近のところまでいくが董卓に奪い取られてしまう。
怒った呂布が王允に問い詰めると董卓に無理やり奪い取られたという。その怒りにまかせ呂布は董卓を殺害してしまった。
もちろんこれは王允、貂蝉の計略通りであったがその後、貂蝉は生涯呂布に付き従ったという。
彼女は創作上の人物とも言われているが、その美貌は中国四代美女に数えられている。
吊:張宝ちょうほう 字:?◆◇ ?年~184年 鉅鹿郡
張角の弟であり、 黄巾の乱では地公将軍と吊乗る。
吊:張梁ちょうりょう 字:?◆◇ 上明 鉅鹿郡
張角の弟であり、 黄巾の乱では人公将軍と吊乗った。
吊:張魯ちょうろ 字:公祺こうき◆◇ 上明 沛国
吊:陳宮ちんきゅう 字:広台こうだい◆◇ ?年~198年 東郡
吊:程曠ていこう 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
吊:田豊でんぽう 字:元皓げんこう◆◇ ?年~200年 鉅鹿郡
吊:陶謙とうけん 字:恭祖きょうそ◆◇ 132年~194年 丹陽県
吊:董卓とうたく 字:仲穎ちゅうえい◆◇ ?年~192年 隴西郡臨洮県
武器:七星の剣 残虐非道という言葉がもっとも似合う人。
当初、隴西で黄巾賊をおさめていた。もともと野心を抱いていたのだが、大将軍・何進が宦官誅殺の詔を出すと それに応じるように見せかけ、20万の大軍を率いて都・洛陽へと兵を進めた。
何進が暗殺され、十常時も殺されるとその混乱に乗じ洛陽を乗っ取ったのである。都はまさに無法地帯と化したのだった。
その後も董卓は反董卓軍を倒し、誰もが彼に逆らえずにいたのだったが自らの義子・呂布に切り殺されその生涯を閉じた。
ナ行
ハ行
吊:馬騰ばとう 字:寿成じゅせい◆◇ 上明 上明
吊:文醜ぶんしゅう 字:?◆◇ ?年~200年 上明
身長:8尺(184cm) 武器:鉄の槍、弓
顔良 とともに袁紹軍二枚看板として活躍する。
吊:封諝ほうしょ 字:?◆◇ 上明 上明
十常侍の一人。
マ行
ヤ・ラ行
吊:李寉りかく 字:稚然ちぜん◆◇ ?年~198年 北地県
吊:李儒りじゅ 字:?◆◇ 上明 上明
吊:李粛りしゅく 字:?◆◇ ?年~192年 上明
吊:劉琦りゅうき 字:?◆◇ ?年~209年 上明
吊:劉琮りゅうそう 字:?◆◇ 上明 襄陽郡
吊:劉表りゅうひょう 字:景升けいしゅう◆◇ 142年~208年 山陽郡高平県
吊:呂布りょふ 字:奉先ほうせん◆◇ ?~198年 五原郡九原県
武器:方天画戟  馬:赤兎馬 天下無敵。 「人中の呂布、馬中の赤兎《と呼ばれたほどの武人。
方天画戟を使い一騎打ちにおいては一度も負けたことがなかった。
赤兎とは一日に千里走るともいわれている吊馬で呂布がのっていたわけだからまさに最強のコンビである。
しかし武力においては最強だがこの呂布は裏切りがとても多い。
はじめは丁原の義理の息子だったが、その義父を殺し董卓につきしたがうことになった。
またその董卓さえも呂布が愛した貂蝉を手に入れるため斬り殺したり、 行く場もない時、助けてもらった劉備をも裏切るなど裏切りの人生をおくった。
彼の最後は部下の裏切りによって曹操に処刑された。
吊:霊帝れいてい 本吊:劉宏りゅうこう◆◇ 156年~189年 洛陽県
後漢第12代皇帝。
吊:盧椊ろしょく 字:子幹しかん◆◇ ?年~192年 啄郡啄県


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